中学校 道徳教科書の廣済堂あかつき 自分を見つめる(中学校)の教材、「「国」」の内容です。

中学校 道徳教科書

廣済堂あかつき 自分を見つめる

「国」

内容項目 主として集団や社会との関わりに関すること
我が国の伝統と文化の尊重、国を愛する態度
廣済堂あかつき 中道徳2年(別冊含)-1
1 本教材について
 「国」(廣済堂あかつき 中学2年p118「集団や社会との関わりに関すること」公正、公平、 社会正義 郷土の伝統や文化の尊重、郷土を愛する態度 我が国の伝統と文化の尊重、国を愛 する態度) 

▼王貞治さんの生き方は、国と個人の関係を考えるためにさまざまな問題を提起してくれている。

 ▼本教材は、王さんが書いた「回想」(参考資料1)の一部を抜き出したもので、「学習の手掛かり」には「二つの祖国を持つ王さんの考え方、生き方を通して人と国との関わりを考える」と書かれている。

 ▼ここでは、王さんの生き方の中で「人と国との関わり」に関連すると思われる出来事を中心に、授業を組み立ててみたい。

 ▼日本社会の多数派である日本人は普段「国」というものを余り意識しないのではないだろうか。王さんが「国との関わり合い」を意識するのは、彼が少数派だからであろう。授業の中でそのことを押さえておきたい。

 ▼しかし、多くの「日本人」は本当に国との関わり合いがないのか、と言えば、もちろんそんなことはない。生活に直結した国策(たとえば原子力政策)というものもあり、本来それは選挙によって進められたり、変えられたりするものである。王さんには選挙権がないが、マジョリティである「日本人」には選挙権があるのだから、あと少しで選挙権を行使できる年齢になった中学生にはそのことも学んでほしい。

 ▼毎年8月15日には終戦記念日があり、テレビ等でも黙祷を呼びかけるが、戦争は国家と国民との関係を強く意識させる。8月15日に終わった戦争で日本では300万人を超える人が亡くなり、アジア全域では日本を含めて2000万を超える人が亡くなった(「数字は証言する データで見る太平洋戦争」。https://mainichi.jp/feature/afterwar70/pacificwar/data1.html アクセス 2019/09/16)。そこで、憲法前文には次の文言が書き込まれた。「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」。

 ▼スーパースターになる前に球場で「ちゃんころ」などと心ない言葉を投げつけられたこともある王さんにとって、国籍は常に頭から離れなかったであろう。だから、ファンの声援が「国籍という垣根を取り除いてくれた」(前掲「回想」)という表現も使っている。スポーツをやる上で国籍というものはじゃまになるだけなのではないのか、そんなことはないのか、ということも考えてみたい。

 ▼王さんの経験は貴重だが、王さんと同じような境遇にいるスポーツ選手のことも調べて、王さんの場合と比較しながら考えてみるのも良いのではないだろうか。(参考資料2)

 ▼王さんは本教材の中で、試合前に国旗が掲揚されるが、座ったままの人がいる。起立くらいしたら、という気持ちになる、それが国に対する礼儀ではないかと、述べている。日本、中華民国、中華人民共和国という“三つの祖国”の中で悩みながら生きてきた王さんの考えは貴重だが、いろいろな考えの人がいることも子どもたちに伝えたい。スポーツ選手の中にもさまざまな例がある。(参考資料3参照)

 ▼本教材には「考えを広げる・深める」という欄があってそこには「祖国をよりいっそう愛するに足る国にしていくために、あなたはどのような国の理想像を描いているか」という問いがあるが、本文の内容や「学習の手掛かり」などとの関連性も薄く、唐突な感じがする。国の理想像を描くということでいえば憲法前文がそれにあたるので、社会科で憲法学習や主権者教育の一環として行うのがよいのではないだろうか。

 ▼王さんは知らない人がいないスパースターだが、ごく普通の外国人も多くなっている。彼らの多くも祖国のことを考えながら日本社会でくらしている隣人である。国籍が違っても彼らは日本社会をともに支えている。そのことをあらためて認識する機会にしたい。

2 本教材を扱う際に、特に注意すべきこと

▼本教材を使って、王さんを、単に“国を愛する態度”の模範として扱わないように注意したい。考えるべきことがたくさんあるし、王さんの経験してきたことはそんな単純な問題ではないからである。資料を補足しながら、複数の内容項目の視点を組み合わせて、学習指導要領の言う「深く考える」ことを促したい。

参考資料

 1.王さんが生きてきた道

 ▼王さんの人生にどんなことがあったのか、教科書には書かれていないことをいくつか紹介したい。参考にしたのは「回想」(王貞治 勁文社 1981年)「ありがとうの歳月を生きて」(王登美 王さんのお母さん 勁文社 1984年)「百年目の帰郷」(鈴木洋史 1999年 小学館)前2者は当事者の書いたもの、3番目はフリーライターの手になるもので、第5回ノンフィクション大賞を受賞した。

▲王の父、王仕福さんは中国の貧しい農村の出身で関東大震災の時には「外国人が被災地を襲ってくるという根も葉もない噂のために」一時強制送還されている。登美さんによれば中国人と結婚するなんてとんでもないと強く反対されたという。そのため、最初は中国籍には入らなかった。戦後中国籍に入る(「ありがとうの歳月を生きて」)。

▲王さんの両親は懸命に働き、「50番」という中華料理店を開き、この店が繁盛したために「成功した華僑」と見られるようになった。王仕福さんは、息子を医者と電気技師にして将来貧しい故郷の役に立てたいと考えたという(「ありがとうの歳月を生きて」「回想」)。

▲王さんは高額の契約金でジャイアンツに入団、中華民国ではヒーロー扱いされたが、チーム内では差別的な扱いを受けたこともあったし、試合の際も相手方ファンから口汚いヤジを飛ばされ、一度だけだが、激高してスタンドに詰め寄ったことがあったという(百年目の帰郷)。

▲王さんがホームランを量産して押しも押されぬスターになると中華民国と中華人民共和国の双方が王さんを「取り合う」ようになった。台湾政府は王さんが台湾を訪れたとき、大歓迎し、結婚相手を薦めるようなこともあった。王さんは二つの祖国の間で、慎重な行動をとるようになった(百年目の帰郷)。

▲日本のプロ野球の記録は長い間、金田(400勝)張本(3000本安打)王(ホームラン868本)という、外国につながる選手がつくってきた。金田さんは張本さんと王さんを前に「俺たちは記録で勝負するしかない」と言ったという。なお、金田さんはその後日本に帰化した(百年目の帰郷)。

▲国民栄誉賞を受賞したとき親しい友人の張本さんは「私はあの時ワンちゃんが国民栄誉賞の受賞を拒否してくれないだろうか、と願っていたんですよ」と語っている。王さんもその気持ちを理解できないわけではなかったが、選んでくれた福田首相の顔をつぶすわけにはいかない、自分は野球界を代表して受賞するんだ、という気持ちで受けたと、張本さんに説明した、という(百年目の帰郷)。

▼ワールドクラシックベースボール大会の折、海外の記者から監督は日本人なのか、と聞かれた王さんは、私は日本人、と答えている。確かに王は東京で生まれ、日本の学校で野球人生をスタートさせ、日本語しか話せない。 

2.日本で活躍している、外国につながるスポーツ選手

▼卓球の張本智和選手、野球のダルビッシュ有選手、浦和レッズの李忠成選手、ラグビーのリーチ・マイケル選手、テニスの大坂なおみ選手等々。サッカーやラグビーの監督、コーチの多くが外国人であり、ピョンチャンオリンピックでもたくさんの外国人コーチが活躍した。大相撲も外国人選手によって支えられている。幕内の番付表を見ればわかる。大相撲の連勝記録や優勝回数の記録は、ほとんどモンゴル人の白鳳関によって塗り替えられた。

▼朝鮮民主主義共和国のサッカー代表になったチョン・テセ選手は在日コリアンで、日本で生まれ日本でサッカー選手として成長したが、朝鮮民主主義共和国の代表チームの一員となった。時間が許せば彼のことを調べてみるのも良いのではないだろうか。人と国との関わりがより深く考えられるのではないかと思われる(『壁を壊す』岩波ブックレットNO799 2010年)。

3.国旗、国歌に対するさまざまな向き合い方

▼すでに引退したが、大リーグのカルロス・デルガド(プエルトリコ出身)選手は愛国歌が流れるとグランドに整列せずベンチに引っ込んでしまう。かれは、私はイラク戦争に反対だ、と言っている。

▼フランスのナショナルサッカーチームのベンゼマ選手はフランスの植民地だったアルジェリア出身で国歌を歌わない。彼は言う。「私は代表チームを愛している。疑問を挟む余地などない。代表のためにプレイできるのは夢のようだが、だからといって歌うことを強制される筋合いはない」(毎日新聞 2014年7月5日 見出しは“歌わぬ誇り”)ドイツにもそういう選手はいる。スペインの国歌は政治色を嫌って歌詞がないという。

 ▼サッカーの中田選手が、一時、国歌を歌わないと話題になったことがあったが、その後、欧米の選手のような言動をする選手はいない。もしそういう選手がいたら激しいバッシングに遭うからではないだろうか。

 ▼学校では以前から、特定の宗教を信仰する子どもが国旗掲揚に際して起立しないことがあった。そういう子どもが、からかいの対象となることもあった。

 ▼芥川賞作家で画家の米谷ふみ子さんはアメリカの学校での経験を次のように書いている。「長男のカールが小学校2年の頃、クラスで毎朝する国旗宣誓を拒んだときのことです。(中略) 驚いたのは、担任の先生に『カールはクラスにデモクラシーを教える機会を作ってくれました』と感謝されたことです。国旗宣誓を彼が拒否して座っていたのを、後ろの子が立たせようとした。そこで先生は、『個人の信条を重視するのがデモクラシーだ』と話したそうです」(2011年10月5日朝日新聞『人生の贈り物』)ほぼ同旨のことがカナダ在住の日本人によってWEBサイトに書かれている。http://www.labornetjp.org/news/2014/0402kanada

▼戦争の記憶から日の丸や君が代を嫌悪する人も保護者の中にはいたし、今もいる。戦争の記憶については社会科の学習と関連づけたい。元自民党衆議院議員で官房長官経験者でもある野中広務さん(故人)は、朝日新聞(2011年6月28日、「争論」)で次のように述べている。「私も半年間召集され、高知県に駐屯しました。私より二つほど若い青年たちが特攻隊員として飛び立つのも見送りました。(中略)あの時代に強く裏切られたと思うものの中には、日の丸、君が代に対して負の感情を抱く人もいるのです」。 

▼国旗や国歌に対する向き合い方は、個人個人の思想や良心の問題、すなわち道徳的な課題にもなりうると思われる。

指導案はPDFをご覧ください。ダウンロードできます。
©2018 人権を大切にする道徳教育研究会
pagetop